戦略的工場経営ブログ戦艦大和の生産管理 人時生産性向上へのヒント15 なぜ、急ぐ工場ほど生産準備に手間をかける必要があるのか?

●「一等輸送艦」と「SB艇」の実物大模型
戦いが長期化すれば、武器や兵力を補給する艦艇が必要になります。そこで、日本海軍が新たに戦場へ投入しようとしたのが「一等輸送艦」と「SB艇」です。
戦況が悪くなる中で、新たな艦船の多量建造が求められました。「一等輸送艦」と「SB艇」自体、新たに設計された艦艇です。誰も多量生産のやり方を知りません。そうした状況で、多量建造に頭を悩ませていたのが西島技術大佐です。
西島技術大佐は呉工廠の全工場の主任を集め、「一等輸送艦」と「SB艇」の建造計画について、「例外を認めて差し支えない」と言い切り、自ら先頭に立って、「例外」を実践したのです。トップの仕事ぶりを見て、部下が触発され、育っていきました。
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この時点で、「一等輸送艦」と「SB艇」はまだ一隻も形になっていません。新たに設計された艦艇です。設計どおりに形になるのか。それすら確認されていない段階で、西島技術大佐は多量建造の方法まで考えなければなりませんでした。
完成した一隻を見てから量産方法を決める余裕はなかったのです。
艦艇を形にすることと、それを繰り返し造れるやり方を整えることを、同時に進めなければなりません。設計と製造準備を順番に進める従来の考え方では、要求された建造量と速度に間に合わなかったのでしょう。
そこで、西島技術大佐は「両艦とも実物大の工作用全艦模型(モックアップ)を造るのだ」と言い出しました。部下たちの発想をはるかに超える提案でした。
「一等輸送艦」と「SB艇」は小型艦とはいえ、全長は100メートル近くあります。実物大模型を造るだけでも、かなりの費用と工数がかかります。しかも、現場は多忙を極めていたのです。
当然、上官からは「そこまでやらなくてもいいだろう」と反対意見が出ます。しかし、西島技術大佐は、模型を造ったら造っただけの効果を必ず出してみせると反論しました。ここでも、自ら「例外」を実践したのです。
この決断を支えたのは、単なる思い付きではありません。模型を使えば、建造を始める前に問題を洗い出し、多量生産を進める道筋をつくれるという見通しでした。限られた費用と工数をどこへ先に投入すれば、建造全体が円滑に進むのか。そこまで考えた判断です。
トップの信念は、声の大きさから生まれるものではありません。技術と生産の先を読み、先に投じた費用と工数を後工程で回収できると判断する。その緻密な構想が、大胆な決断を支えます。
目前の忙しさだけを見れば、模型づくりは遠回りに見えます。しかし、多量建造全体を見れば、その遠回りが後の手戻りや迷いを減らす近道になる。西島技術大佐は、着手の早さではなく、完成までの全体を見ていたのです。
●実物大模型を手間暇かけてつくった目的
実物大模型の建造に反対した人たちは、それまでの経験を基準に判断していました。
実物大模型そのものは、未知の道具ではありません。込み入った構造を持つ潜水艦では、狭い艦内に装置や部材をどう配置するかを精密に検討するため、実物大模型を使うことが常識になっていました。目的は、最適な設計や構造を確かめることです。
しかし、「一等輸送艦」と「SB艇」は小型の輸送艦艇であり、潜水艦ほど内部構造が込み入っているわけではありません。従来の使い方だけを考えれば、実物大模型は不要に思えます。
西島技術大佐の着眼点は違いました。模型を、形を確認するためではなく、多量生産をスムーズに進めるための道具として使おうとしたのです。
木製模型には、電線やパイプ類を通す孔の位置、部品を取り付ける重要箇所に目印の線を入れ、正確な寸法を示します。図面だけでは表しにくい曲面部品も、模型があれば正確かつ迅速に造れます。
現場がその都度、寸法や位置を判断する必要がありません。迷いが減り、手戻りも抑えられます。
それまで、艦内の装置や部材は、船体が出来上がってから造っていました。しかし、模型があれば先行して製作できます。あとは艦上へ運び、組み付けるだけです。模型が正確なら、同じ部品を工場でまとめて造れます。
実物大模型は、完成形を確認する道具であると同時に、製造手順を事前に確かめ、量産体制を整える生産準備の道具でもありました。
急ぐ仕事だから準備を省くのではありません。急ぐ仕事だからこそ、先に手間をかける。
西島技術大佐は、目前の工数ではなく、建造全体で使う時間と人員を見ていました。
部下の堀元美技術少佐はこう語っています。
「その頃として画期的な試みだったから、直接の関係者以外にはなかなか理解してもらえないのだった。」
生産管理という考え方がまだ十分に浸透していなかった当時、西島技術大佐の先見性は抜きんでていました。
例外を認めて先頭に立つ西島技術大佐の後姿を見ていた堀元美技術少佐は、それまで経験したことのない新しい工法や組立法に、たびたび興奮させられたようです。次のように語っています。
「われわれはようやく、技術戦をやっているような気がしてきたのであった。それと同時に、マスプロダクションの本家である敵アメリカは、とてもこの程度の手ぬるい量産ではあるまいと思うと、何ともいえない焦燥感もあったが、ともかく全力投入で前進していれば、そう不安な気持ちに取りつかれることもなかった。」
戦況は厳しく、暗い話題も少なくありませんでした。堀元美技術少佐は、無力感に襲われることもあったようです。
それでも、こうした新しい工法や組立法へ挑む現場で働くことで、「夢中になって、この仕事に取り組んだ」と語っています。
不安な気持ちにのみ込まれず、夢中になって取り組める仕事を準備する。それもトップの役割です。
●つくりやすく変える
西島技術大佐が考案した多量建造のやり方は、実物大模型だけでなく、図面の性格まで変えました。
従来、図面は強い決定権を持つ設計者から、トップダウン式に現場へ下ろされていました。しかし、設計者が描きやすい図面が、現場にとってもつくりやすい図面であるとは限りません。
それまで、外板や甲板は一つの図面に描かれ、構成部材は個々の品名ごとに複数の図面へ分けて描かれていました。
特定のブロックの部品を加工する場合、あるいは溶接して組み立てる場合、その都度、関連する複数枚の図面をすべて開いて参照しなければなりません。必要な情報を探すだけでも時間がかかります。見落としや確認のやり直しも起こり得ます。
そこで、部品図と組図を一枚に整理し、一枚の図面だけで一つのブロックを製作できるようにしました。
図面には、構成する鋼板や部材の一つひとつを表にして、材質、板厚、加工、組立、仕上げ精度などの指示、工事内容、工法まで書き込みました。その図面だけを広げれば、現場が必要とする情報を確認できます。
設計者が伝えたい情報を並べるのではなく、現場が迷わず手を動かせる順番で情報を整えたのです。図面は、設計の成果物から、製造を前へ進める道具へ変わりました。
今日のデザインレビューにも、「つくりやすくする」という目的があります。
つくりやすさを設計段階で確認すれば、製造に入ってからの問い合わせ、調整、手直しを減らせます。限られた工数で出来高を増やし、人時生産性を高める視点です。
模型と図面で事前に確認できれば、部品を何隻分もまとめて製作できます。時間と人員を減らせるだけでなく、材料や部品を計画的に発注し、仕事を平準化することも可能です。
現場の頑張りに頼るのではなく、現場がつくりやすい条件を先につくる。西島技術大佐が目指した多量建造は、そこまで踏み込んでいました。
こうした西島技術大佐らの取り組みは標準化や規格化を加速させました。その後の日本標準規格の整備、充実に貢献することになったのです。
西島技術大佐が実践した実物大模型は、トップが持つべき、目前の手間暇に囚われない全体最適の視点と技術の先見性を象徴しています。トップのリーダーシップで現場を改革するのです。
現在の中小製造企業でも、納期を急ぐあまり、生産準備や図面の見直しを後回しにすることがあります。すると、現場は確認待ち、判断待ち、手直しに追われます。
着手は早くても、完成は遅くなる。しかも、そのしわ寄せは作業者の残業や管理者の応援で埋められがちです。
社長が見るべきなのは、今日すぐに作業を始められるかどうかではありません。受注から出荷までに、どれだけの時間と工数を使うのかです。
前工程で省いた手間が、後工程で何倍もの調整や手直しになって返っていないか。そこまで見なければ、現場の忙しさは減りません。
目前の手間を惜しまず、設計、技術、製造をつなぎ、現場が迷わずつくれる条件を整える。その判断は、現場任せにはできません。人時生産性向上は、作業者へ一層の頑張りを求めることではなく、つくりやすい仕事へ変えることから始まります。
どこに先に手間をかければ、工場全体が速く、確実に動くのか。そこを見極め、決め切るのが社長の仕事です。
急ぐ現場ほど先に手間をかけ、つくりやすさを追求しようと妥協しない社長判断が人時生産性を高める。
