戦略的工場経営ブログ経営理念を絵に描いた餅に終わらせない
1.我が社の原理原則
中小企業白書22年度版の表題は「新たな時代へ向けた自己変革力」です。
「変わる」は成長発展のキーワードです。外部環境に合わせて変わるのが企業の本質であると言われています。構造改革で命脈を保つのです。ビフォーを捨てて、アフターに変えます。
全社一丸となってやることです。やりたい人だけがやればいいものではありません。全員でやります。ベクトルが揃っていないと変われません。錦の御旗が必要になります。経営理念です。
白書では「ビジョナリーカンパニー」を著したコリンズ氏とポラス氏の考え方を紹介しています。
・優れた企業が持つ経営理念・ビジョンには「明確さ」と「共有」という2つの条件が満たされている。
明確さとは「組織内できちんと理解されていること」です。
共有とは「組織成員が賛同し、組織に浸透していること」です。
・2つの条件が満たされていないと対症療法的な経営判断とならざるを得ない。
取り巻く環境の変化や課題に対する経営戦略が曖昧になるからです。
貴社の経営理念は従業員全員に理解され、浸透していますか?
経営理念は我が社の立ち位置を示したものです。我が社の原理原則と言えます。困ったときに立ち返るものです。
経営者の意志や意図を示しています。従業員に理解してもらい浸透させなければ、経営理念やビジョンは絵に描いた餅に終わります。
以下、中小企業白書2022年版のデータによります。
2.そもそも経営理念を明文化しているか?
●経営理念・ビジョンの明文化の状況 (n=5,293)
経営理念・ビジョンを明文化している 87.1%
経営理念・ビジョンはなく、明文化していない 12.9%
経営理念やビジョンを明文化している中小企業は約9割です。逆に言うなら、明文化していない企業が1割程度もあることが分かります。
チームで仕事をする以上、トップの考え方を示す必要があるのは言うまでもありません。
3.経営理念の内容と生産性変化に関係性があるか?
●経営理念・ビジョンの内容と労働生産性の変化(千円/人)
経営理念やビジョンで明文化されている内容別に見た労働生産性の変化(⊿LP)です。労働生産性の変化(⊿LP)とは「2021年の労働生産性」-「2015年の労働生産性」(千円/人)のことをいい平均値で集計しています。
経済的利益の追求(n=464) ⊿LP=337
取引先との共存共栄(n=607) ⊿LP=309
企業としての成長性、挑戦(n=759) ⊿LP=270
安心・安全(n=788) ⊿LP=245
社会への貢献・社会的使命(n=1,033) ⊿LP=239
社員の幸福(n=1,132) ⊿LP=219
顧客満足、信頼獲得(n=1,385) ⊿LP=199
高品質、技術・サービスの向上、イノベーション(n=978) ⊿LP=171
経営理念・ビジョンはなく明文化していない(n=250) ⊿LP=▲392
経営理念やビジョンで明文化されている内容別によって、労働生産性がどう変化するのか?
興味深い調査です。明文化された内容と労働生産性上昇度合いの多寡の関係についてはなんとも言えないですが、言えそうなことがひとつあります。
・明文化している企業は明文化していない企業と比べて、労働生産性の上昇幅が大きい。
明文化されていない企業の労働生産性の上昇幅はマイナスです。この結果に注目します。トップの意志や意図が浸透していないと良いパフォーマンスを発揮できないのです。
トップの意志や意図が共有されていなければ、作業者は自分勝手な判断基準で動かざるを得ません。当然の結果と言えます。
4.現経営者はどうやって経営理念を継承したのか?
●現経営者が経営理念・ビジョンを継承した方法 (n=2,150)
事業の継承にあたり、創業者・歴代経営者から教育や指導を受けて学んだ 33.3%
教育や指導はなかったが、創業者・歴代経営者の姿を見て学んだ 37.1%
自社ホームページや社内のパネルなどを通じて理解した 9.6%
特になし 20.1%
創業者や歴代の経営者が策定した経営理念・ビジョンを継承している企業で、現経営者はどうやって、その経営理念・ビジョンを継承したでしょうか?
事業を承継するに当たり、3割の経営者は経営理念・ビジョンについて教育や指導を直接に受ける機会があったようです。
そうでなくても、創業者・歴代経営者の仕事ぶりを見て学んでいます。7割の経営者が直接、間接的に創業者・歴代経営者から教わっているのです。
経営者も我が社の従業員へ直接、間接的に指導する必要があります。
5.経営理念を策定した動機・きっかけは何か?
● 経営理念・ビジョンを策定した動機・きっかけ (n=4,340)
事業の継承・経営者の交代 37.8%
会社創業 32.5%
企業規模の拡大・事業内容の変化 24.3%
外部環境の変化 10.9%
支援機関などからの指導・助言 5.8%
従業員からの意見 5.3%
リーマン・ショックや震災、感染症拡大などによる危機 3.8%
顧客や取引先からの指摘 3.8%
その他 5.4%
約4割の企業が「事業の継承・経営者の交代」を機に、新たな経営理念・ビジョンを策定したことが分かります。事業の承継は経営理念・ビジョンを策定する動機・きっかけになっているようです。
先代から事業を引き継ぐ2代目や3代目の経営者が新たに策定するのです。従来から引き継ぐべきことは引き継ぐ一方で、変えることは変えなければなりません。時代の流れは、いつも変化しています。同じことはありません。
「企業規模の拡大・事業内容の変化」、「外部環境の変化」のような外部変化も機会にして経営理念・ビジョンを策定しています。変化は成長の機会です。
6.経営理念はモチベーション向上に貢献しているか?
● 経営理念・ビジョンが従業員の統率やモチベーション向上に寄与した度合い (n=4,340)
大いに実感している 9.0%
ある程度実感している 42.4%
あまり実感していない 21.9%
全く実感していない 18.1%
分からない 8.6%
上記は「事業の継承・経営者の交代」、「企業規模の拡大・事業内容の変化」、「外部環境の変化」を機会に経営理念・ビジョンを策定した企業を対象にした調査の結果です。
半分以上の経営者は、経営理念・ビジョンを統率やモチベーション向上に寄与していると感じています。経営理念・ビジョンは経営者の伝え方次第で従業員の統率やモチベーション向上に寄与するのです。
7.経営理念の浸透状況と労働生産性向上の関係は?
● 経営理念・ビジョンの浸透状況と労働生産性の変化(千円/人)
経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た労働生産性の変化(⊿LP)です。労働生産性の変化(⊿LP)とは「2021年の労働生産性」-「2015年の労働生産性」のことをいい中央値で集計しています。
全社的に浸透している (n=763) ⊿LP=424
役職員の一部までは浸透している (n=716) ⊿LP=97
浸透していない (n=114) ⊿LP=28
全社的に浸透している企業は、労働生産性の上昇幅が大きい結果となっています。浸透していない企業と比べて15倍です。
理念の浸透が一体感を醸成し、収益にもプラスの効果が生まれていると考えられます。理念はチーム力を強化するのです。そのことが数値で示されました。
8.経営理念を浸透させるにはどうすればいいのか?
● 経営者が浸透に向けて重要と考えていること(n=1,779)
経営者からの積極的なメッセージの発信70.3%
従業員が働きやすい職場環境を整えること60.9%
従業員の納得感を得られる経営理念・ビジョンの内容であること53.2%
上記は、経営理念・ビジョンが全社的に浸透していると考えている企業を対象にした調査の結果です。
白書では、自社の存在意義や目指すべき姿を自らの言葉でしっかりと伝えていくことが経営者の重要な役割の一つであると指摘しています。
経営理念・ビジョンの内容自体が従業員の納得感を得ていることも要点です。経営理念・ビジョンには「明確さ」が求められます。
9.浸透に向けて経営者が取り組んだ行動・取組は何か?
● 浸透に向けて経営者が取り組んだ行動・取組(n=1,779)
従業員との日々のコミュニケーションでの啓もう 52.4%
経営者による年頭挨拶や社内会議での訓示 51.6%
自社ホームページでの掲載 35.6%
社内研修などを通じた教育 35.5%
経営理念・経営ビジョンに基づく規範・ルールの策定 32.4%
経営者による率先垂範 31.5%
社内のパネルやポスターなどでの掲示 26.3%
社内報やパンフレット、メッセージカードの配付 16.8%
その他 2.6%
特に取り組んでいない 4.2%
上記は、経営理念・ビジョンが全社的に浸透していると考えている企業を対象にした調査の結果です。
「従業員との日々のコミュニケーションでの啓もう」に5割以上の経営者が取り組んでいます。機会あるごとにメッセージを伝えている様子も伺えます。
個別のコミュニケーションによる社員の理解度の底上げは、浸透尺度を高める一因です。社員の意見を通じて納得感のある経営理念・ビジョンを再整備・発展させていくヒントになることも白書では指摘しています。
全社的に浸透している企業は、努力をした結果、そうなっているのです。何もせずに浸透することはありません。
10.浸透による効果はどんなものがあるのか?
● 浸透による効果(n=1,779)
従業員の自律的な働き方の実現、就業観などの共有 55.0%
仕事や目標達成に対するモチベーションの向上 49.7%
自社の意思決定のより所となった 40.7%
顧客や取引先との関係強化 34.0%
従業員の自社への愛着度の向上 34.9%
新たな事業、製品・サービス開発への展開 19.2%
共感する人材の新規採用 16.5%
外部環境の変化への安定的な事業展開 12.5%
その他 0.3%
特になし 3.3%
上記は、経営理念・ビジョンが全社的に浸透していると考えている企業を対象にした調査の結果です。
白書では、経営理念・ビジョンが浸透したことで、従業員の行動変容につながり職場の活性化に寄与していると指摘しています。経営者のメッセージは従業員に内なる可能性に働きかけるのです。
経営理念・ビジョンは経営者に代わって24時間、従業員に我が社の原理原則を伝えてくれます。
変化するとき、困ったときに立ち返るのが原理原則です。経営理念やビジョンとはそうした我が社の原理原則ではないでしょうか?
11.稲盛氏の原理原則
稲盛氏が著した「生き方」は100万部を超えるベストセラーになっています。読んだ方も多いかもしれません。心に響く言葉と出会えます。
「生き方」を読むと稲盛氏はブレない軸を持っていたことが分かります。稲盛氏の原理原則です。
P24引用開始・・・・
人生をよりよく生き、幸福と言う果実を得るには、どうすればよいか。そのことを私は一つの方程式で表現しています。それは、次のようなものです。
人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力
つまり、人生や仕事の正解は、これら三つの要素の「掛け算」によって得られるものであり、けっして「足し算」ではないのです。
まず、能力とは才能や知恵といいかえてもよいのですが、多分に先天的な資質を意味します。健康、運動神経などもこれにあたるでしょう。
また熱意とは、ことをなそうする情熱や努力する心のことで、これは自分の意志でコントロールできる後天的な要素。どちらも0点から100点まで点数がつけられます。
掛け算ですから、能力があっても夏井に乏しければ、いい結果は出ません。逆に能力がなくても、そのことを自覚して、人生や仕事の燃えるような情熱であたれば、先天的な能力よりも恵まれた人よりはるかにいい結果を得られます。
そして最初の「考え方」。三つの要素の中でもっとも大事なもので、この考え方次第で人生は決まってしまうといっても過言ではありません。
引用終わり・・・・・
考え方とは心のあり方や生きる姿勢、哲学や理念、思想のことだと稲盛氏は説明しています。その人が後天的に獲得した思考回路です。生き様が反映します。
そして考え方がもっとも大事であると稲盛氏が指摘しているのには理由があります。考え方にはマイナスもあるからです。
少々、技能が優れていても、新しいことへの挑戦には拒否的反応や否定的態度しか示せないベテランがいたとします。稲盛氏の式に当てはめると下記です。
人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力=(-5)×5×10=-250
周囲のプラスの雰囲気を一気にマイナスへ貶めてしまいます。こうしたベテランの存在は新しいことに挑戦したい中堅、若手のストレスになってしまうのです。
一方、入社したばかりで技能は半人前でも、将来へ向けて頑張る意欲満々の若手はこのように計算できるでしょう。
人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力=10×10×0.5=50
半人前だから、能力は低いです。しかし、プラスを示してくれています。今の能力はこの水準かもしれません。しかし、能力は伸ばすことが可能です。ベテランの考え方を変えることは無理でしょう。
将来投資に知恵を絞らなければならない経営者にとって、どちらの人材がありがたいでしょうか?
経営理念は考え方や姿勢に訴えかけるものです。経営者の想いが従業員へ刺されば、「熱意」が高まります。あまつさえ普通なら変えようがない「考え方」もマイナスからプラス反転するかもしれません。
こうした原理原則を持っていれば、経営者の言動に軸が生まれます。稲盛氏は人を「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という観点で見ていたのでしょう。原理原則はブレない判断軸になるのです。
中小製造企業の原理原則は経営理念・ビジョンです。経営理念・ビジョンはブレない判断軸になります。経営理念・ビジョンによるプラスの効果は白書で説明されていました。
貴社の経営理念は床の間に飾っている絵に描いた餅に終わっていませんか?
絵に描いた餅ではなく、食べられる餅にしないといけません。従業員は食べられる餅を期待しています。原理原則は浸透させれば食べられるようになるのです。
経営理念を浸透させるのは経営者の仕事です。