戦略的工場経営ブログ言葉を結晶化させて現場へ浸透させる

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1.日本人を意識する機会

東京オリンピック、パラリンピックでは手に汗を握りながら応援した方も多かったのではないでしょうか?

「頑張れニッポン!」

日頃は気にしていない「日本人」を意識する機会でもありました。

”私たちは日本人である”

当たり前のように考え、意識しているこの感覚は、明治時代に国のリーダーによってつくられたものだそうです。

ある時、病院の待合室で手に取った週刊雑誌の連載記事を読んで「なるほど~」と腹落ちしたことがあります。その記事とは“出口治明のゼロから学ぶ「日本史」講義・「近・現代編」”です。

出口治明氏は立命館アジア太平洋大学学長です。歴史を始め、多様な分野での著作があります。

出口氏はその講義のなかで、「日本国民」という意識を受け付けたのは明治維新であったと説明しています。これは日本に特有なことではなく、世界的潮流だったとのこと。フランスやドイツで起きたことを、日本も真似たようです。

2.歴史が語る一体感醸成の具体策

明治政府の目標が、欧米列国へ追いつくことであったことはご存じの方も多いと思います。その欧米列国は、日本に先駆けて、産業革命とネーションステート(国民国家)という二大革命を果たしました。後者のネーションステートとは簡単に言えば「国民」をつくることです。

その昔、江戸時代の庶民には、「日本国民」という意識はなかったようです。武士にしても「薩摩藩士だ」「会津藩士だ」などと思っているだけ。一部の人を除くと「日本人だ」という発想はなかったと出口氏は説明しています。

大河ドラマを観るとなるほどそうかもしれないなぁと思われます。藩主のために命をかけるシーンはしばしばですが、日本のためにというシーンはあまりお目にかかりません。これは外国でも同じでした。

フランスでも、フランス革命以前は「私はフランス人だ」という意識はなかったようです。「私はノルマンディのルイです」「私はピカデルのピエールです」と思っているだけでした。「薩摩藩士だ」「会津藩士だ」という感覚と同じだったのでしょう。

変化のきっかけは18世紀に起きたフランス革命です。

フランス革命ではフランス国王が処刑されました。その後、周りの国が革命の起きたフランスを潰しに来ます。周りの国はフランス国王とつながりのある国だったからです。心情的にもそうなるのは想像できます。

こうして、自国の国王を処刑し革命を推し進めたフランスは一大事に直面しました。黙っていると周りから攻め落とされてしまします。そこで登場したのが、あの有名なナポレオンです。

そこでポレオンがやったことがあります。それは・・・・・。

「みんなも一緒にフランスを守ろう!」と煽ったのです。

すると人々はワーッと盛り上がりました。ナポレオンの煽りは「そうだ、私たちはフランス国民なんだ!」「フランス人なのだ!」との一体感を生み出したようです。こうしてフランス国民という意識が生まれました。

そして、そのナポレオンに攻められたプロイセンは国土が半分になってしまいましたが、そのとき、プロイセンでも同じようなことが起きたようです。

哲学者のフィフテがナポレオン占領下のベルリンで「ドイツ国民よ。今ここで立ち上がらなければドイツはなくなってしまうぞ!」と煽ったとのこと。それでドイツ人の国民意識が一気にワーッと盛り上がり、フランス同様、ドイツ国民という意識が生まれました。

実は、当時のドイツは、約300の地方国家と1500近い領主が分立していただけで、構成上、統一された国と言える状況ではなかったようです。

したがって、当時、「ドイツ人」は幻想、空想、イメージでしかなかったわけです。そもそもドイツという国がなかったわけですから。そこでフィフテはメディアを使い、イメージの世界で「我々は仲間だ」という意識を創り出しました。

3.経営者の仕事はイメージを具体化させること

出口氏は、フランスやドイツと同じようなプロセスで、新たに「日本人」がつくられたと解説していますが、なるほど腹落ちします。最初はイメージに過ぎなくても、国のリーダー役が繰り返し、繰り返し語れば、人々に浸透し、イメージが具体化するということではないでしょうか。

・なりたい姿をイメージする。
・イメージを繰り返し、繰り返し語る。
・イメージを具体化させる。

貴社にも「薩摩藩士だ」「会津藩士だ」と主張するだけで、日本全体のためにという目線に欠ける従業員がいるかもしれません。

弊社がご支援している企業の中にも、作業者目線での「私は旋盤加工の担当です」「私は塗装の担当です」という意識に囚われすぎた現場があります。

そうした現場は日本全体のためにという目線が存在することを知らないだけです。知らないなら、経営者が教えるだけです。熱を込めて伝えれば浸透します。

全社一気通貫のお客様目線のモノづくりができていない現場を変えるプロセスも同じだと感じた次第です。組織を引っ張るリーダー役が繰り返し語り、見せて、時には煽ることでイメージを具体化できます。歴史が語るところです。

4.現場の言動の変化を喜んだ企業の幹部

「従業員が建設的な発言をしてくれました。」と弊社、ご支援先企業の経営幹部が従業員の変化を喜んで報告してくれました。

新たなことに挑戦しようとするたびに「それはできません。」という発言が出てくる現場でした。そうした現場の言動を放置していては何も変わりません。生産性向上プロジェクトに着手したことをきっかけに、その幹部は現場へ正しい姿勢を伝え始めたのです。

経営理念、プロジェクトの狙い、合い言葉を繰り返し語りました。全体昼礼や現場打ち合わせなどの場です。

現場の打ち合わせで、新たな受注案件への対応方法を打ち合わせていた時のことです。従来にはないやり方を取り入れないと受注できない案件が届きました。受注するには新しいことに挑戦する必要があります。

「やったことがないのでおそらく難しいです。」といつもの反応が現場から返ってきました。

う~ん、まだまだだな、と思いながら、その幹部はその言動を正そうと言葉を発しようとした、そのときです。別の従業員から発言がありました。

「やってみないとわかないのではないでしょうか。」

現場の打ち合わせでこうした建設的な意見が出るのは初めです。そのことを幹部は喜んでいました。我々が目指す正しい姿勢を繰り返し、繰り返し、地道に語って伝えた幹部の行動の狙いが現場に浸透し始めたようです。部長が言っているのだからやってみようとの発言があったのもその証左です。

「我々の正しい姿勢は〇〇なのだ。」

組織を引っ張るリーダー役は、繰り返し語り、見せて、時には煽ることでイメージを具体化できます。歴史が語るところです。出口氏が説明していたネーションステート企業版と言えます。

ちなみに先の従業員の発言の後、どうなったか・・・。他の従業員から「それなら、こうしたらいいでは?」という意見がいろいろ出てきたそうです。「やれない」という前に「やるためにはどうしたらイイのか?」を考える思考回路が組み込まれ始めました。

5.言葉の結晶化

ユニ・チャームの高原豪久社長は創業者である先代から39歳で事業を引き継きました。引き継いだばかりの2001年の年次報告書で「NOLA&DOLA」「共振の経営」を掲げました。

「NOLA&DOLA」とは下記英文の頭文字を繋げたものです。

Necessity of Life with Activities &Dream of life with activities.

また「共振の経営」は経営陣と現場の社員が一体となった姿です。経営陣は現場の知恵を活かします。そして、現場の社員は経営陣の方針をよく理解し、経営陣の視点で考え行動します。

ユニ・チャームのHPを見ると、今でも「NOLA&DOLA」「共振の経営」が語られています。同じことを、時間をかけて、繰り返し、繰り返し社内外へ伝えているということです。

「なぜ同じことを言い続けるかというと、言い続けないとなかなか理解されないからなんです。」とは高原豪久社長の言葉です。

「就任当時は経営者としての実績もなく、周りは年上の先輩たちばかりなので、自分の思いを”背景”や”起承転結”を含めて簡潔に説明しなくてはいけなかった。自分の言葉を発信し続けていると、どんどん結晶化するというか、相手とキャッチボールしながら研ぎ澄まされていくのを感じました。

「共振」では日々の工夫やアイデアが経営と現場の間をいったり来たりすることで、現場の知恵を経営に生かし、さらに現場が経営の視点を学ぶべます。この「共振」は高原豪久社長が考えだした手法です。

手法を編み出した背景があります。社長就任当時、カリスマと呼ばれた先代社長が絶対的存在になっていて、従業員が指示待ちになっていたことに危機感を抱いていました。
(出典:Forbes Japan 21.10.08)

・なりたい姿をイメージする。
・イメージを繰り返し、繰り返し語る。
・イメージを具体化させる。

高原豪久社長は結晶化した言葉を言い続けて、経営者の考えを浸透させました。経営者にとって、言葉は最も大切な道具です。

創業者の時代は経営者が自らの仕事ぶりを従業員へ見せて「これが我が社だ!」と伝えていました。「背中で語る」です。2代目は創業者と同じことはできません。同じことができないなら、違うやり方で現場を引っ張ります。

それが「言葉で語る」です。結晶化した言葉は現場に刺さります。

6.言葉には力がある

日本には言霊という考え方があります。

声に出した言葉が、現実の事象に何がしか影響すると信じられ、良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。そのため、祝詞を奏上する時には絶対に誤読がないように注意された。今日にも残る結婚式などでの忌み言葉も言霊の思想に基づくものである。

(出典:Wikipedia)

古代から、言葉には霊力がやどると信じられていました。発せられた言葉の内容どおりの状態を実現する力があるとされたのです。

近年、思考や思いを実現させるメカニズムが、医学的、物理的に明らかになっています。従来は「魔訶不識」とされていたことが、実は科学的根拠に基づいているという趣旨の論文も多数発表されています。そうした関連書籍も多数出版されている昨今です。

繰り返し語ると言葉が結晶化するという表現も「言霊」の考え方に通じます。経営者は言葉を磨き、言葉を大切にして、繰り返し、繰り返し語ることです。

そうすれば、イメージが具体化します。言葉を磨けば磨く程にイメージが具体化しやすくなるのです。言葉にはそうした力があるのです。言葉を磨きたいです。

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