戦略的工場経営ブログ戦艦大和の生産管理:人時生産性向上へのヒント③

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先月のブログ「戦艦大和の生産管理:人時生産性向上へのヒント②」では、巨大戦艦建造プロジェクトを率いたトップ層のひとり、西島亮二海軍技術大佐が導入した能率曲線を紹介しました。

1号艦「大和」の船体(船殻)建造総工数は、2号艦「武蔵」の半分にできた背景には、新たな管理技術の下支えもあったのです。

工員にとって西島技術大佐はこわいけれども話の分かる主任でした。厳しい指示も、それは数値に裏付けられたものだったのです。納得感があったのでしょう。

新たな試みが上手く機能するかどうかはトップのリーダーシップ次第です。
https://hajime-i.com/2025/05/15/blog418/

今回のテーマは「標準化」です。90年前の造船現場で、西島技術大佐はどのように標準化を実現したのでしょうか?出典は前間孝則氏の著書「戦艦大和誕生」です。

1.科学的管理法導入の先駆者たち

●鉄道院が切り開いた道

現在の工程管理の元祖は、フレデリック・テイラーが1911年に提唱した「科学的管理法」です。作業を科学的に分析・標準化し、生産性を高める手法ですが、戦前の日本ではほとんど根付きませんでした。ところが、唯一率先して導入していた官庁がありました。

鉄道院です。

前間氏によると、鉄道院時代は「毎年のようにしっかり稼ぎ、巨額の利益を国へ納めていた」先端技術者集団でした。大宮工場で車両修理作業に科学的管理法を適用し、同じ型の構造を持つ車両という標準化しやすい環境を活かしていたのです。

● 西島技術大佐の進言

若手技術者時代の西島技術大佐は、鉄道院大宮工場を見学したことがありました。標準化が進んでいる現場を目にした西島技術大佐は先輩技師にこう進言するのです。

「建造の隻数が甚だ少ない艦艇建造にもこの科学的管理方法は利用できないだろうか」

しかし、先輩技師から返ってきたのは諦めの言葉でした。

「まずそれは見込みがない」

造船の現場は労働集約的な一品工場です。標準化が困難だと考えられがちです。先輩技師の諦めの言葉は、一般的な反応とも言えます。標準化が難しいので、科学的管理は難しいというのは普通の考え方です。

したがって、当時の海軍技術者全員を代弁するものだったと思われます。ただし、安く、早く建造するやり方を実現するには、標準化が課題です。これがなければ科学的管理はできません。これは今も同じです。

2.呉工廠の現実と標準化実現への段階的アプローチ

●立ちはだかる壁

前間氏の著書を読むと、当時の呉工廠の複雑さが伝わってきます。

・軍用艦艇は多種多様の設備や機器装置類を内蔵しているので建造の現場では、性格の異なる多くの工事が入り混じっている。

・艦艇そのものが巨大で、構成する部品数が数十万点にものぼる。

・鋼材の材質や寸法の種類がさまざまである。

・材料、金物、装置機器などは購入品が多く、品質や納期がメーカーの事情に左右されトラブルの原因になる。

・同型船を建造することはまれで、軍用艦艇はオーダーメイドになっている。

・軍用艦艇の設計者は強い軍艦をつくろうと知恵を絞るあまり、設計者の数だけの様式や仕様が生まれる。

・使われる場所や機能がほとんど同じにも関わらず、板厚や直径がほんの少し違うだけのプラケットや継手、ボルトが必要となる。

現場は「たまったものではない」という状態でした。標準化を阻む壁だらけです。

●海軍もやらねばと考え始めた

この頃、海軍内部にも変化の兆しが見えていました。「主として時間、労働力、材料一切の節約、設備改善、工場倉庫の整頓、その他能率に関する事項を研究調査する」目的で能率向上委員会などが設けられたのです。

興味深いことですが、現在の中小製造企業での改善活動と全く同じテーマになっています。モノづくりの本質は90年前も今も同じです。

●金物の標準化から始める

西島技術大佐は取り組みやすい「金物」(ボルト、ナット、ねじ、フランジ、継手)の標準化から着手しました。

パイプなどは、比較的頻繁に使う種類だけに限定し、径や肉厚などを絞り込んでいった。そして、これから新しく設計する際は、どうしても特殊なものを使わざるを得ない時以外は、制式化した部品やパイプの中から選んで設計してもらうようにする。(上巻p147)

そして、制式化された金物部品をあらかじめ決まった数だけ計画的につくり、一定の量を在庫として絶えず確保しておく態勢をととのえておく。(上巻p147)

さらに重要だったのは、標準化された金物部品を計画的に生産し、一定量を在庫確保する態勢を整えたことです。

これにより工事停止を回避し、まとめて大量生産することで単価削減と繁閑調整も実現しました。

●材料統制への挑戦と上司の反対

金物に引き続いて、西島大佐は材料統制にも挑戦しました。当時の材料管理は極めて非効率でした。

「建造する艦艇毎、別々に材料が発注され、台帳も別」「他の船で同じ材料を使っていても、共通管理台帳がないから、流用ができない」状況でした。結果、「倉庫には材料が残って溜まっていくばかり」でした。材料は無管理状態だったのです。

こうした問題に対峙する西島技術大佐の基本思想は明確でした

西島は、「造船材料は品種別、寸法別の数が多く、しかも、その使用時期の予想がいかに立て難くとも、必要な時期に必要量を準備しなければ船は予定通り建造できない」として、「最小の在庫量でこれを実施せねばならない」とする方向へ持っていこうと試みた。これは現在のトヨタ生産方式などの基本思想と一致している。(上巻p149)

ところがここで、また新たな壁があったのです。

西島技術大佐は新たな材料統制方式を上官(少佐)に提案しました。すると上官(少佐)の反応は次のようなものでした。

「極めて理想的な案であるが実施に問題がある」

上官はその必要性を認識しながらも、部門横断的な大きな変革が必要になるので、やり切るのは難しいという懸念を抱いていたのです。上官の賛同がなければできません。

●小さく始めて成果を示す

当時は、まだ、若手技術者だった西島技術大佐は、方針を転換しました。ここで諦めない若き日の西島技術大佐の胆力に感服します。

大規模な変革ではなく、効果が短期間で得られる部材から始めることにしたのです。若手技術者という立場でできる範囲内で、周囲の協力を得ながら仕事を進めます。

最初に選んだのは「伝声管」でした。艦船の指揮命令伝達に使われる装置で、必要部材が比較的少なく、3種類に標準化できました。

次に取り組んだのが「コルク粒板」「スピンドル鋼管」です。コルク粒板は断熱・防音・防振に優れ、スピンドル鋼管は機械の中心軸や高強度パイプ構造に使用されます。

3.現場を巻き込む仕組み作り

●現場責任者の劇的な変化

小さな標準化の成果を重ねた結果、最初は否定的だった現場責任者から、意欲的な言葉が返ってくるようになりました。現場責任者の言葉は、西島技術大佐によるリーダーシップの効果を如実に示しています。

「私たちのやっていることと同じで、毎月この表に記入することが違うだけで、かえって注文しているものもすぐ分かるし、そのうえ自分たちのわからない技術的なことも教えられ、引当は正確になってくる。これでやるとむしろ今までの事務より簡単に、しかも正確に処理できるようになったから、全艤装の金物、材料だけならば二ヶ月間で完成してみせる」(上巻p151)

さらに印象的なのは、この言葉です:

「自分の全力を上げて与えられた材料の統制をやり、毎月実績が現れ、その判断の良否を判定され、うまくいったときに非常な快感を自らおぼえ、この作業はゲームをやっているように楽しい」(上巻p151)

これらは全て、現場責任者の言葉です。現場の意識が大きく変わりました。

●西島技術大佐の人物像

前間氏が描く西島技術大佐は、現代の中小製造企業経営者に多くの示唆を与えます。

現場の工員にとって西島技術大佐は「こわいけれども話の分かる主任」でした。「厳しい指示も、数値に裏付けられたものであり、納得感があった」のです。

前月のブログの能率曲線でも同じことをお伝えしました。データに基づいた指導の重要性を示しています。

●成功のリーダーシップ

西島技術大佐の成功要因は明確です:

1.揺るがない信念:「標準化なしに早く、安く艦艇建造は不可能」という確信

2.段階的アプローチ:小さな成功から始めて信頼を積み重ねる

3.現場の協力獲得:押し付けではなく、現場が価値を実感できる仕組み作り

4.上司や関係者との調整:大きな仕事ほど耳を傾ける重要性を理解

前例がなかったので、西島技術大佐は、試行錯誤しながら、こうした仕事のやり方を習得していったと推測されます。

壁だらけの課題に立ち向かう「気合」は欠かせません。ただ、それだけではダメです。成果を出す仕事のやり方があります。

●中小製造企業経営者への示唆

西島技術大佐が直面した課題は、現代の中小製造企業と驚くほど似ています

・多品種対応の必要性と効率性の追求

・部門横断的な取り組みの困難

・現場の協力を得る重要性

特に「必要な時期に必要量を準備しなければ予定通り生産できない」「最小の在庫量でこれを実施せねばならない」という課題は、トヨタ生産方式のコンセプトと同じです。

90年前に西島技術大佐はこうした考えにいたり、実践し成果を上げました。先見の明に感じ入る一方、上官や周囲の協力を得ながら結果を出した行動力には学ぶものがあります。

モノづくりの本質は90年前と変わっていません。

●実践への第一歩

西島技術大佐の手法を現代に応用するなら、下記があります。

1.最も効果が見えやすい部品から標準化を開始

2.現場が「改善実感」を得られる仕組み作り

3.段階的な拡大で組織全体を巻き込む

4.数値に裏付けられた指導で納得感を醸成

重要なのは、「できない理由はいくらでもあげられる」中で、「どうやったらできるか」を考え抜くことです。

西島技術大佐も「試行錯誤しながら標準化に挑戦」し、「試行錯誤の成果を全て、戦艦大和の建造時につぎ込んだ」のです。

その結果、戦艦大和を、あれだけ早く、安く造ることができました。大きな仕事の成果には必ずこうした土台となる仕事の結果があるのです。

製造業に「不思議な勝ち」はありません。因果関係が明確です。

● 経営者の役割

前間氏の著書を読むと、西島技術大佐の成功は組織的な取り組みの結果であることが分かります。西島技術大佐は上司や多くの関係者にアドバイスをもらいながら仕事を進めていました。

現代の中小製造企業経営者にとって、一人で全てを抱え込むのではなく、耳を傾ける重要性を理解することも必要です。後押してしてくれる外の力も議論の壁打ち役となります。

チームで成果を出すやり方を知っている経営者は強いです。

4.他人の力を借りて想いを実現する

製造業の本質は技術の世界での戦いです。大きな成果には必ず「手間暇、知恵と工夫」があります。製造業で、偶然に成果がでることはありません。工学的、技術的な仕事は因果関係がはっきりしています。

西島技術大佐の成功は、単なる技術論ではなく、他人の力を借りて経営者の想いを実現するマネジメントの勝利でした。

困難と思われる仕事ほど、リーダーシップがその成否を決めます。人時生産性向上のカギは付加価値額の積み上げにあり、その原動力は従業員の工数です。現場へ投じられる工数のクオリティが高ければ、生産性は高まります。

現代の中小製造企業では、経営者に替わってリーダーシップを発揮する右腕役や現場キーパーソンの存在がますます重要になっています。

右腕役や現場キーパーソンが「ゲームをやっているように楽しい」と感じられる改善の仕組みを作ることができれば、西島技術大佐のような成果も夢ではありません。

貴社では、右腕役や現場キーパーソンが「毎月実績が現れ、その判断の良否を判定され、うまくいったときに非常な快感を覚える」仕組みがありますか?そして、それを支えるリーダーシップは機能していますか?

製造現場では4階層の指示導線を機能させることが大事であると繰り返しお伝えしています。特に、上から2層目と3層目です。

もし、現状の取り組みに限界を感じているなら、西島技術大佐のような段階的アプローチと現場を巻き込む仕組み作りを一度検討したらどうですか?90年前の知恵が、現代の製造現場でも必ず力を発揮するはずです。

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