戦略的工場経営ブログ既存拡大と新規業創出、どちらで成長するか?

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1.成長に向けた既存事業拡大と新規事業創出の取組

イゴール・アンゾフは「製品」と「市場」、既存」と「新規」の2軸で成長戦略を語っています。「アンゾフの成長マトリクス」です。

同フレームワークでは、成長戦略を「市場浸透戦略」、「新市場開拓戦略」、「新商品開発戦略」、「多角化戦略」の四つに分類しています。

中小企業白書23年版では、成長企業を2020年から2021年の売上高が2期連続で増収しているなど、コロナにおいても成長している企業と定義して、成長企業の成長戦略を分析しています。

成長戦略とは既存事業拡大と新規事業創出の2つです。「アンゾフの成長マトリクス」と下記のように紐づけています。

既存事業拡大の取組:「市場浸透戦略」
新規事業創出の取組:「新市場開拓戦略」、「新商品開発戦略」、「多角化戦略」

下記は、直近 10年間での成長企業における、既存事業拡大と新規事業創出の取組状況です。成長企業が取り組んだ成長戦略を調査しました。

既存事業拡大(n=2,875)について
 ・取り組んだ企業 59.8%
 ・取り組まなかった企業 40.2%

新規事業創出(n=2,875)について
 ・取り組んだ企業 51.7%
 ・取り組まなかった起業 48.3%

成長企業のうち、既存事業拡大に取り組んだ企業が約6割、新規事業創出に取り組んだ企業は約5割です。成長企業の半数は具体的な戦略を立てて結果を出しています。

2.既存事業拡大と新規事業創出 の取組の、自社の成長への寄与度

下記は、既存事業拡大と新規事業創出の取り組むことによって自社の成長への寄与度です。中小企業白書23年版では、2つの戦略の取り組んだ企業に「大いに寄与した」、「ある程度寄与した」、「あまり寄与しなかった」、「ほとんど寄与しなかった」の4段階で評価してもらっています。

「大いに寄与した+ある程度寄与した」と「あまり寄与しなかった+ほとんど寄与しなかった」で整理しました。

・既存事業拡大(n=1,715)
 大いに寄与した+ある程度寄与した92.4%
 あまり寄与しなかった+ほとんど寄与しなかった7.6%

・新規事業創出(n=1,480)
 大いに寄与した+ある程度寄与した83.3%
 あまり寄与しなかった+ほとんど寄与しなかった16.7%

既存事業拡大の取組については約9割、新規事業創出の取組については約8割の企業が、自社の成長に寄与したと考えています。成長に向けて既存事業拡大と新規事業創出に取り組む意義があります。

白書で紹介している「新事業展開と中小企業の業績には正の相関がある」という調査結果にも注目です。

3.新規事業 創出を開始した際の、既存事業の業績

下記は、新規事業創出を開始した際の既存事業の業績です。

新規事業 創出を開始した際の、既存事業の業績(n=1,427)
 ・⾜下は好調であり、先⾏きも明るかった19.3%
 ・⾜下は好調であったが、先⾏きは不透明であった55.6%
 ・⾜下は不調であったが、先⾏きは明るかった12.3%
 ・⾜下は不調であり、先⾏きも不透明であった12.8%

既存事業の足下の業績が 好調なうちに新規事業創出の取組を開始した企業が、7割以上です。成長企業は、既存事業の業績が好調なうちに新規事業創出に取り組んでいます。その方が余裕を持って取り組めます。

4.既存事業の業績別に、新規事 業創出の成長への寄与度

下記は、既存事業の現状の業績水準および将来への見通し別に、新規事業創出の成長への寄与度を見たものです。

⾜下は好調であり、先⾏きも明るかった(n=276)
 ・大いに寄与した+ある程度寄与した88.7%
 ・あまり寄与しなかった+ほとんど寄与しなかった11.3%

⾜下は好調であったが、先⾏きは不透明であった(n=793)
 ・大いに寄与した+ある程度寄与した84.4%
 ・あまり寄与しなかった+ほとんど寄与しなかった15.6%

⾜下は不調であったが、先⾏きは明るかった(n=175)
 ・大いに寄与した+ある程度寄与した81.7%
 ・あまり寄与しなかった+ほとんど寄与しなかった18.3%

⾜下は不調であり、先⾏きも不透明であった(n=183)
 ・大いに寄与した+ある程度寄与した74.8%
 ・あまり寄与しなかった+ほとんど寄与しなかった25.2%

既存事業の足下の業績が好調なうちに 新規事業創出の取組を開始した企業の方が、不調 になった後に新規事業創出の取組を開始した企業 に比べ、成長に「大いに寄与した」、「ある程度寄 与した」と回答した割合が高くなっています。

既存事業の業績が好調なうちに新規事業創出に取り組む意義が示唆されます。調子が良いうちに、先手を打つべきです。成果が出ます。

5.新規事業創出の事例

中小企業白書23年版では、下記の5事例を紹介しています。

●金属製品製造業企業 従業員数48名 資本金1,000万円
 ●繊維工業企業 従業員数349名 資本金1,000万円
 ●印刷製本企業 従業員数151名 資本金7,500万円
 ●その他製造業 従業員数151名 資本金7,500万円
 ●生産用機械器具製造業 従業員数44名 資本金6,286万円

●金属製品製造業企業 従業員数48名 資本金1,000万円

小径精密部品の外径研削加工(センタレス加工)で細い円筒や円錐状のピン製造を手掛ける企業。

「変革の機会」
 創業以来、ドットプリンターの印字用のピンを製造し堅調な業績を維持していた。しかし、インクジェットプリンターやレーザープリンターの台頭で同社の業績は低迷した。ドットプリンター関連の売上高が9割以上を占めていた。

「変革」
 センタレス加工企業の大半が直径2~3mmを超える太い領域とされるピンを製造していた。同社は、直径0.2~0.3mmの細い領域とされるピンを製造していた。市場規模は大きいが価格競争の激しい「太い領域」ではなく、ニッチで価格競争に巻き込まれにくい「細い領域」のピン製造に特化し成長する方針を決めた。

細さを一層追求し、直径0.03mmという極細ピンの製造を実現し、競合他社が模倣できない特殊な形状や材質の加工にも対応するなど、自社技術を磨いた。

「成果」
 まずは半導体業界で半導体検査装置の端子に用いるコンタクトプローブや、セラミック基板の穴開け用パンチなどを手掛けた。

さらに、自動車用ディーゼルエンジンの噴射ノズルに穴を開ける電極の新規受注に成功した。またカテーテル治療用器具のワイヤー加工技術を開発し、量産案件を獲得した。

新たに参入した半導体、自動車、医療分野の事業はそれぞれ軌道に乗り、多角化に成功した。

●繊維工業企業 従業員数349名 資本金1,000万円

オーダーカーテンや窓装飾インテリア商品の製造・販売を行う企業。

「変革の機会」
 カーテン縫製業者の多くが個人経営の小規模な事業者であることに着目し、機械化された大規模な縫製工場のニーズが高まると考え創業した。しかし、カーテンメーカーからの受注を前提としたビジネスモデルでは成長に限界があると考えた。

「変革」
 カーテン小売業には、業界特有の流通経路の複雑さや価格設定の不明瞭さ、品質の不安定さなどの課題があったので、これらを解消できれば後発企業にも十分な商機があると考え、競合他社が多いことを承知の上で小売業への進出を決めた。

「いつでもどれでも高級オーダーカーテン1万円」という分かりやすいコンセプトを立てた設定価格と高い品質を両立させるために、仕入・外注面を見直し、生産面の標準化に注力した。

「成果」
 明瞭な価格設定と高い品質を両立させたことで、後発ながら競合他社の多い市場で競争優位性を築いた。オーダーカーテンの製造直販型小売業としての地位を確立した。

●印刷製本企業 従業員数151名 資本金7,500万円

1911年創業の老舗印刷企業。

「変革の機会」
 法令や医学分野の専門出版社を主力取引先とし、編集・組版(くみはん)から印刷、製本まで一貫して担ってきた。しかし、1990年代後半から続く出版不況で同社の業績は低迷し経営危機に陥った。合理化や既存顧客との取引拡大を進めたが、既存分野だけでは効果に限界があった。そこで、出版社以外への新分野開拓が不可欠と考えた。

「変革」
 新分野開拓には競合他社と異なる価値が必要と考え自社の強みを洗い出した。特定の既存顧客にのみ使用していた組版システムが強みであると気付いた。多くの競合は当該組版システムを使いこなせていなかった。

数式を効率よく扱える強みを持つ当該組版システムを特定顧客向けから、数式を扱う教育分野の教材に拡大する方針を決めた。

さらに、出版社以外の新たな顧客からの「編集・組版、印刷、製本だけでなく、キッティングや仕分け、個別発送までを一貫して発注したい」という需要に対応できるよう体制を構築した。

「成果」
 予備校・学習塾・教育機関など教育産業を中心に営業活動を進めた。製造単価が低く、リードタイムも短いことが評価され、多数の新規顧客との取引開始につながった。一気通貫体制により、大手電機メーカーのカーナビの取扱説明書など、出版社や教育産業とは異なる新たな分野の受注に成功した。

●その他製造業 従業員数151名 資本金7,500万円

おしぼりのレンタルや使い切りおしぼりの企画開発・製造・販売などを行う企業。

変革の機会」
 首都圏の飲食店を主要取引先として貸しおしぼりを手掛けてきたが、2000年頃から景気悪化に伴う飲食店数の減少により市場が縮小傾向、次第に価格競争に巻き込まれるようになった。

こうした状況からの脱却のために差別化が必要であると判断して、付加価値の高い商品開発を決意した。

「変革」
・糸一本にこだわった布おしぼりの開発
・布おしぼり用芳香剤を開発
・使い切りおしぼりに天然アロマの香りを付けた「アロマおしぼり」の開発
・大学と共同で「抗ウイルス・抗菌」おしぼりの開発

「成果」
 高価格帯の飲食店など、価格の低さよりも品質の高さを求める顧客を取り込み、価格競争から脱却できた。2000年に約6億円だった売上高が2022年に約23億円まで伸長した。

●生産用機械器具製造業 従業員数44名 資本金6,286万円

特殊精密切削工具の製造・販売を行う企業。

「変革の機会」
 自動車業界向けにオーダーメイドの特殊精密切削工具を生産してきた。長年業績は安定していたが、97年ハイブリッド車の登場で将来性に強い危機感を抱いた。自動車エンジン関係の売上高が約3分の1を占めていた。

エンジンを必要としない電気自動車の時代が来ると、市場縮小に伴う既存製品の受注減が避けられないと考え、経営状態が健全なうちに自動車業界以外へ進出することを決めた。

「変革」
 展示会への出展等の新分野開拓に向けた地道な努力を続けた結果、同社の技術力の高さを聞き付けた航空機業界と医療機器業界の企業から、ほぼ同時期に新規案件の相談を受けた。

新たな設備投資も進めながら製品開発に取り組んだ結果、航空機分野では航空機の機体に用いられるCFRP(炭素繊維強化プラスチック)の穴開け専用ドリルの開発、医療機
器分野では人工関節置換手術用ドリルの開発に成功した。

「成果」
 一連の取組の結果、自動車分野に偏っていた売上高は、2019年には自動車分野30%、航空機分野30%、医療機器分野20%、その他20%というバランスの取れた構成に変えることができた。

他社事例を我が社にあてはめるとどうなるか?意欲的な経営者は、自社とは異なる業種、異なる規模の事例からヒントを掴みます。異なる業種、異なる規模だからこそ、有効なヒントがあるのです。

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