戦略的工場経営ブログ我が社の未来人材ビジョンを考える

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1.経営者は従業員の成長を後押しする

製造業の収益構造は固定費vs付加価値額。固定費は経営者の意志や意図を表すものです。固定費のほとんどが人件費と設備費だからです。これらは全て経営者が決めます。

中小製造企業の固定費6割、7割を占めているのが人件費と設備費です。労働集約的な企業では人件費だけで固定費の8割近くを占めることもあります。固定費に経営者の想いが表れるとお伝えしている所以です。

その固定費を付加価値額で回収するのが製造業の収益構造となります。

人件費は投資です。従業員はこれまでの成果に対して支払ってくれていると考えがちですが、経営者の気持ちはそれだけではありません。これまでの頑張りに対する報酬もありますが、半分以上は将来の活躍への期待です。

したがって、経営者は従業員の成長を後押ししなければなりません。将来、活躍してもらうためです。

2.「育てる」ことではなく「育つ環境を整備する」こと

「成長は、常に自己啓発によって行われる。企業が人の成長を請け負うなどということは法螺(ほら)にすぎない、成長は一人ひとりの人間のものであり、その能力と努力にかかわるものである。」

「人に教えることほど自らの勉強になることはないのと同様、人の自己啓発を助けることほど自らの自己啓発に役立つことはない。事実、人の成長に手を貸すことなく自ら成長することはありえない。」
(出典:マネジメント ピーター・F・ドラッカー)

ドラッカーの言葉です。

人材育成の基本は、「育てる」ことではなく、「育つ環境を整備する」ことだと指摘しています。結局本人が目的意識を持って学ぼうとしない限り、育成はできないのです。

人は人によって磨かれます。人に教えることが最大の学びになるとはしばしば言われてきたことです。人と関わらない従業員は成長できません。

実務を通じて、相互学習を実践できる環境が要点となります。そうした環境を整備することは経営者の仕事です。

3.経営者は我が社の将来に必要な能力やスキルを示す

製造業は技術の世界で戦っています。技術の進化は加速度的に早まっているので競合先も生き残りに必死です。

100年に一度と言われる大変革の時、今まで通りのやり方を継続して成長できるわけはありません。全従業員が時代の変化を察知し、能力やスキルを絶えず更新し続けないと、将来起こる大きな産業構造の転換に適応できなくなるのは火を見るよりも明らかです。

そうであるなら、経営者は人材育成の具体的な将来ビジョンを示さなければなりません。
・我が社の将来に必要となる具体的な能力やスキルを示すこと。
・変わっていく方向性を示すこと。

スキルアップせよ~とか、できないことをできるようにせよ~とか、漠然とした掛け声だけでは従業員も戸惑うだけです。具体的にどう成長したらイイのか分かりません。

人材育成では経営者がビフォー、アフターを提示することが大事です。具体的にどう育って欲しいのか?このビジョン抜きに人材育成の環境整備はあり得ません。

人材育成の環境整備で必要なのは、なって欲しい具体的な姿(アフター)を従業員へ提示することです。

4.これからの時代に必要となる能力やスキル

2022年5月31日、経済産業省は「未来人材ビジョン」を公表しました。

雇用・人材育成から教育システムに至る政策課題について一体的に議論をする「未来人材会議」を設定、そこで、2030年、2050年の産業構造の転換を見据えた、今後の人材政策について検討しています。

未来を支える人材を育成・確保するための大きな方向性と、今後取り組むべき具体策を示すものとしてまとめられたのが「未来人材ビジョン」です。

自動車、電機、産業機械、エネルギー、小売、物流、建設、金融といった各業種で、グローバル競争を戦う大企業の社長や役員に「これから求められる人材像」を語ってもらいました。

「未来人材ビジョン」では日本の現在と将来について分析、検討されています。「日本」を「我が社」に置き換えて読むと貴社の課題も見えてくるはずです。

「未来人材ビジョン」では、これからの時代に必要となる能力やスキルは、基礎能力や高度な専門知識だけではないと指摘しています。

製造業で活躍するには、読み書きそろばんの能力や技術の知識が今後も欠かせません。これはこれまでも、将来も同じです。「未来人材会議」は、それらに加えて、将来に必要となる能力やスキルがあると提言しています。

次の社会を形づくる若い世代に対しては、
・常識や前提にとらわれず、ゼロからイチを生み出す能力
・夢中を手放さず一つのことを掘り下げていく姿勢
・グローバルな社会課題を解決する意欲
・多様性を受容し他者と協働する能力

といった、根源的な意識・行動面に至る能力や姿勢が求められる。

そして、現在は「注意深さ・ミスがないこと」、「責任感・まじめさ」が重視されるが、将来は「問題発見力」「的確な予測」「革新性」が一層求められる。

これらが日本を成長させる人材育成の姿です。

こうした人材を育てる環境整備を考えます。

そもそも、なぜ、こうした人材が求められるのか?

「未来人材ビジョン」には、今のままではダメだと考えずにはいられなくなる現状分析が各種掲載されています。

5.現状分析

1)生産年齢人口は、2050年には現在の2/3に減少する。

日本の生産人口は2020年7,400万人が、30年後の2050年5,300万人まで減ると予想されています。GDPの規模を維持したければ生産性を高めるしかありません。

ただし仕事のやり方を変えられない人材しかいなかったら無理です。

2)日本企業の従業員エンゲージメントは世界最低水準である。

エンゲージメントは個人と組織の成長の方向性が連動していて、互いに貢献し合える関係がある従業員数の割合と定義されています。ギャラップ社の2021年の調査によると、従業員エンゲージメントの世界平均は20%です。

しかし、日本はわずか5%とのこと。米国/カナダが34%、東南アジアが23%、中国が17%、韓国が12%、西ヨーロッパ11%です。日本の低さは突出しています。どうしてここまで低いのでしょうか?

3)日本では「現在の勤務先で働き続けたい」と考える人は少ない。

パーソル総合研究所の2019年の調査によると、日本での「現在の勤務先で働き続けたい人の割合」は52%でした。これは調査対象国の中で最低水準です。

調査対象地域は中国、韓国、台湾、香港、日本、タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポール、ベトナム、インド、オーストラリア、ニュージーランド(各国1,000サンプル)。

ちなみに日本に次いで低かったのはインドネシアで63%程度。最も高かったのはインドで86%でした。

日本ではエンゲージメントが低いので、その勤務先で働き続けたいと思わないのも当然かもしれません。

4)転職意向のある人、独立・起業志向のある人の割合は低い

同じくパーソル総合研究所の2019年の調査によると、日本で転職意向のある人の割合は25%、独立・起業志向のある人の割合は16%で、こちらも最低水準です。

ちなみに転職意向のある人の割合の最上位国はインドで52%、独立・起業志向のある人の割合の最上位国はインドネシアで56%、日本の低さが際立っています。

つまり日本人は自分の職場とのエンゲージメントが低いので、ずっと働き続けたいとは考えていないけれども、転職するつもりもなければ、起業するつもりもない、ということです。食べていくためにいやいやながら働く姿が浮かびます。

当事者意識が生まれるはずもなく、使命感も期待するのもムリです。貴社の現場が、こんな考え方の従業員ばかりになってしまったらどうなるでしょうか?

日本はこんなにも職場の活力が欠ける状況に落ち込んでしまっています。

5)企業は人に投資せず、個人も学ばない

日本の人材投資(OJT以外)は先進国で最低水準になっています。

人材投資のGDP比は米国2.08%、フランス1.78%、ドイツ1.20%、イタリア1.09%、英国1.06%、日本0.10%です(2010年から2014年での値)。米国企業は日本の20倍、人へ投資しています。

さらに日本では、社外学習・自己啓発を行っていない人の割合も高いのです。

先のパーソル総合研究所の中国、韓国、台湾、香港、日本、タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポール、ベトナム、インド、オーストラリア、ニュージーランドを対象にした調査の結果、社外学習・自己啓発を行っていない人の割合は日本が最も大きく46%です。

次がニュージーランドの20数%ですから、日本が突出して高くなっています。ちなみに最も小さいのはベトナムで2%です。

日本人は現状に甘んじて学ばなくなったのでしょうか?日本人は勤勉であると言われます。しかし、時代と共に勤勉さを発揮するやり方も変えないとダメです。

淡々と同じことを繰り返すだけの勤勉さでは生き残れません。

かつて日本型雇用システムは大量生産モデルの製造業を中心に競争力の源泉と言われました。求められるものを安く納期に間に合わせて大量に造れば中小製造企業も儲けられたのです。

右肩上がりの経済成長の下ではそれでもよかったのですが、我が国の経済成長が鈍化してきた1990年代後半からは状況が変わりました。コスト削減だけやっていればいい時代は過ぎたのです。

人材育成のやり方も変える必要があります。このままではグローバル経済競争の土俵に立っていられません。各国との比較で明らかです。

6)海外に留学する日本人の数は減っている。

国外の高等教育機関に留学する学生数の国際比較(単位を伴う長期留学)のデータによると日本人で留学する学生は2004年で82,945人だったのが2017年では58,408人と3割ほど減っています。中国、米国、インド、韓国が増加しているのとは真逆の傾向です。

7)海外で働きたいと思わない新入社員が増えている。

産業能率大学「新入社員のグローバル意識調査」によると海外で働きたいと思わない新入社員の割合は2001年で29%に対して2017年では60%です。2倍に増えました。

海外で挑戦しようと考える若手が減っています。異質なことに触れ、それを理解し、多様性を受け入れられる人材を増やさなければならないのに、これでは日本はますます「小さく」なりそうです。

変化を好まず、ドメスティックのままでいいと考えるベテラン勢が醸成する雰囲気が若い人をそうした内向きの行動に留めているのかもしれません。経営者は現場の雰囲気に留意です。将来を担う人材は「外」を知り、積極的に対外試合に挑んで欲しいです。

6.将来を担う若手に獲得して欲しい能力や姿勢は?

人材育成の大切さは論を俟ちません。経営資源に制約のある中小製造企業ならなおさらです。人材育成を経営課題として経営者が先頭に立って推進するしかありません。

人材育成の緊急性は低いです。したがって、納期遵守のような緊急度の高い仕事に追われている現場に丸投げしていると人材育成は進まないのです。

「未来人材会議」は下記を提言しました。

次の社会を形づくる若い世代に対しては、
・常識や前提にとらわれず、ゼロからイチを生み出す能力
・夢中を手放さず一つのことを掘り下げていく姿勢
・ローバルな社会課題を解決する意欲
・多様性を受容し他者と協働する能力

といった、根源的な意識・行動面に至る能力や姿勢が求められる。

そして、現在は「注意深さ・ミスがないこと」、「責任感・まじめさ」が重視されるが、将来は「問題発見力」「的確な予測」「革新性」が一層求められる。

一方、貴社の将来を担う若手に獲得して欲しい能力や示してもらいたい姿勢はどんなですか?それを具体化します。経営者が望む能力や姿勢は仕事を通じて習得されるものです。

OFFJTも大切ですが、もっと重要なのは実務を通じた学びとなります。弊社がプロジェクトを通じて管理者育成をしている訳もここです。

7.時間を味方につける

人材も設備も製造業では成長発展に欠かせない投資対象です。将来投資として、ここへ時間とお金を掛けないとあっという間に取り残されます。

「未来人材ビジョン」でも指摘していましたが、今後、業界では2極化が進みます。圧倒的な付加価値額を生み出せる企業と低い付加価値額に甘んじなければならない企業の2極です。中間がなくなります。

前者は知恵を売り、後者は時間と労力だけを売ることになります。下請け型モデルでもイイのです。前者のように知恵を売る下請けモデルを目指すのです。

今のやり方を続けていても前者になれません。黙っていると後者になるだけです。将来を担う若手の育成が要点となるのは言うまでもありません。

工場経営の本質は「他人」の力を借りて経営者の想いを実現することにあります。他人の力を借りるなら育成が大事です。是非、将来を担う人材を育成し、経営者ご自身の願望を実現させてください。

設備は使えば使うほどくたびれてきますが、人材は磨けば磨く程に輝き、活躍してくれるものです。将来投資先としての人材の優先度を上げます。

人材育成の基本は、「育てる」ことではなく、「育つ環境を整備する」ことです。人材戦略を経営戦略と紐づけます。時間を味方につけるのです。

そうして、我が社の未来人材ビジョンを実現させるのです。

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