技術開発の狙いは?
お客様に届ける「コト」や「高めた利便性」との紐づけが技術開発
の必然性を生み出す。
技術開発では、まずは、過去の実績を振り返り、コア技術に付加す
べき要素技術を考える、という話です。
1.製法が思いつかなかった話
全長500mm、肉厚3mmのパイプ状の”物体”を思い浮かべて
下さい。
さらに全体形状がS字である上に少々、捻りが加えられています。
この”物体”の材質は樹脂です。
樹脂製の3次元的なS字形状のパイプです。
そして、この”物体”の特徴が肉厚3mmの肉厚分布にあります。
直線部もR部も均一で肉厚3mmになっているところです。
この”物体”を自動車の部品として製造します。
そこで、製造方法を考えます。
さて、この製品の製造方法、生産工程はどうなるでしょうか?
肉厚3mmの樹脂製円筒形パイプを熱して、2か所曲げればできそ
うです。
ただし、これではR部分の肉厚が、外R部では薄く、内R部では厚
くなる可能性があります。
曲げることで、肉厚の不均一部分ができそうです・・・。
では、長手方向で半割に2分割された部品を射出成形してから、2
つの部品を接着(融着)するのはどうでしょうか。
2次元でのS字形状ならばありえそうですが、捻りが少々加えられ
た3次元のS字ですから、そもそも、無理でした。
もし、その対応が可能だったとしても、長手方向に500mmの半
割樹脂部品を、2つ合わせて接着するのは手間がかかりすぎるよう
です。
量をこなすにはコスト面の配慮も欠かせません。
それならば、長手方向ではなく、S字のちょうど真ん中で半分にし
た部品を押出成形で製造して、その後、2つの部品を接着(融着)
してS字形状にする。
これなら、捻りS字という3次元にも対応できそう。
さらに、先に仮で考えた長手方向の接着(融着)よりも手間はかか
らない。
樹脂の押し出し成形+融着。
このあたりが現実的な製造方法、生産工程になるのでは?・・・、
と私は考えました。
この”物体”は自動車部品として、すでに市場に出回っています。
自動車エンジンに搭載される過給機(ターボチャージャー)で圧縮
された空気をエンジンへ送り込む配管として開発された、樹脂製の
ダクトホースです。
独BMW社の排気量2Lターボエンジンで既に実用化済。
従来は、曲げた鋼管の両端にゴムホースを留め金で固定していたよ
うです。
それを樹脂に切り替え、さらに部品点数を一体化成形で減らしてい
ます。
その結果、50%の軽量化と20~30%のコスト削減を実現して
います。
ということで、正解の製法は・・・・・・・・・・・、
正解はブロー成形です。
ブロー成形はペットボトルやポリタンクのような中空の容器を成形
する製造方法です。
ブロー成形とは全く思いも付きませんでした。
・3次元的に曲がりくねった複雑形状であること。
・肉厚が均一であること。
この2つの技術上の課題をクリアしたのは、一般的なブロー成形で
はなく、その進化版である「3Dサンクションブロー成形」です。
まず、下端部が閉じた風船状の溶融樹脂を金型へ注入します。
その後、その風船状の樹脂へ空気を注入して成形します。
キモは、
・下端部が閉じた風船状の溶融樹脂の肉厚を、金型へ注入時に調整
できること。
・キャビティーを負圧にして成形を高めたこと。
・高い成形性を持つ樹脂を開発したこと。
とりわけ、ブロー成形時、R部の肉厚が薄くなるのを見越して該当
部位の肉厚を厚めに調整する技術には納得です。
この樹脂ダクトはDuPont社が欧州の大手部品メーカーと共同
開発しました。
説明されなければ、製法が思いつきません。
しかしながら、基本はブロー成形。
それ自体は汎用性の高い技術です。
ここで、お伝えしたかったことはココです。
製法が思いつかない程に付加価値性が高そうな製品の製法だからと
言って、何か突き抜けて最新最先端で複雑怪奇な製法であるとは、
限らないということ。
既存の技術にキラリと光る要素技術を加えるという発想です。
先の樹脂製ダクトホースの製法は、既存のブロー成形をベースに、
注入する溶融樹脂の肉厚可変技術とキャビティー内負圧制御技術を
加えています。
コア技術の深耕です。
(出典:日経モノづくり2016年10月号)
2.技術開発ではまずコア技術の深耕を目指す
モノづくり事業で儲けるためには、顧客へ届ける「コト」に着目し
顧客の利便性を高める製品やサービスに注目します。
さらに、そうした「コト」や「高めた利便性」に、お客様が喜んで
お金を払ってくれるかどうかです。
この視点抜きにモノづくりで儲けることはできません。
ですから技術開発の対象は、こうしたお客様が喜んでお金を払って
くれる「コト」や「高めた利便性」に紐づいていなければなりません。
その意味で、まず、技術開発の対象としたいのはコア技術であり、
そのコア技術の深耕です。
先の樹脂ダクトもブロー成形という既存技術へ、「注入する溶融樹
脂の肉厚可変技術」と「キャビティー内負圧制御技術」の2つの要
素技術を付加して、顧客ニーズ(軽量化と原価低減)に応えています。
使い慣れた、足元のコア技術を生かすことで、まだまだ付加価値を
拡大させる余地はあるのではないでしょうか?
すでに事業を展開して5年、10年、20年、中には半世紀以上の
時間を重ねてきた現場もあると思います。
継続できているということは、自社工場から生み出す「コト」や「
高めた利便性」に、お客様はお金を払ってくれているということ。
ですから、付加価値拡大を目的に技術開発する時には、まず、自社
工場が既に持っているこうした実績、強みを生かすべきでしょう。
事業を強化しようと考えるならば、こうした実績のある分野の延長
線上から考えることで、成功の確率も高まります。
そして、経営者が意図しているかしていないかにかかわらず、モノ
づくりを継続している現場にはノウハウが蓄積されています。
そして、当然ですが、そのノウハウは自社工場のコア技術に関連し
ていることが多いです。
ですから、お客様により一層価値ある「コト」や「高めた利便性」
を届けるために、まずは、コア技術へ着目したいのです。
そして、そのコア技術に、どのような要素技術を”付加”すべき
かを考えたいのです。
この”付加”した要素技術が、付加価値を生み出します。
長年、現場で活躍してきたコア技術に、どのような要素技術を加え
れば、より一層高度な技術に進化するのか?
長年使ってきた要素技術の”勘所”や”ツボ”を体感しているのは
現場です。
カイゼンの水準を超えた技術開発であっても、生かされるべき知恵
やノウハウが現場にはあります。
開発業務の管理者を担っていた時、新たにプレス機を開発するプロ
トを経験したことがあります。
もともと、プレス機は内製しており、それ自体、工場における大き
な強みでした。
従来設計に”付加”すべき要素技術について、現場も含めた関係者
でブレーンストーミングしながら考えました。
技術開発にあたって、目標とする生産性、製品仕様がありました。
ワイワイガヤガヤ、関係者であーでもない、こーでもないと、議
論した結果、プレス機上型上昇機構制御、油圧制御、冷却制御と
いった複数のアイデアが出てきました。
油圧制御では、プレス機が高圧から低圧へ切り替える時に発生する
振動が製品へ悪影響を及ぼすのでは?という現場の長年の経験から
出された知見も生かされました。
「なるほどね。」ということで、そうした着眼点も生かし、開発を
進めました。
現場の知見に耳を傾け、それを”具体的”な形で生かすのは、現場
から持続するやる気を引き出す上でとても効果的です。
なにせ、”自分たち”の意見が反映された設備が出来上がるわけで
すから。
上からのお仕着せではない、”マイマシン”という感覚を持って、
現場もその新しい設備を使いこなそうと頑張ります。
新たに開発されたプレス機は現場の頑張りもあり、生産立ち上がり
を無難に乗り越えました。
現場でのことは現場が一番理解しているのですから、技術開発でも
現場の意見を生かさないと、双方にとって損です。
技術開発では、まずコア技術に関連した開発を進めるべきです。
そのためには、自社のコア技術を知り尽くしていることが最低条件
です。
意外なのは、そこが徹底されていない現場が多いということです。
技術開発は、市販の設備を購入して現場に導入することであると考
える経営者の方が少なからずいらっしゃいます。
技術力を長期的な視野で高めようとするならば、最新技術を取り入
れた最新設備を、全く新たに導入する設備投資も大切です。
しかし、それよりも重視したいのは、既存設備を核にしたコア技術
に付加すべき要素技術を考えること。
技術開発では、まず、コア技術を深め、その周辺技術の強化を目指
します。
技術開発の目的や狙いは、お客様に届ける「コト」や「高めた利便
性」との紐づけされることで、技術開発に取り組む必然性が生まれ
ることに注目です。
これ抜きの技術開発は、意義不明確な状況に陥ります。
そこで、長年、自社工場で付加価値を生み出し続けてきたコア技術
に、まず、着目するのです。
現場のノウハウも生かしやすいです。
先のブロー成形のような汎用技術でも、2つの要素技術を付加する
ことで、製法が思いつかない程の付加価値を生み出しています。
自社工場のコア技術を把握していることが技術開発の前提条件。
さらなる付加価値を生み出す要素技術のアイデアが浮かびやすくな
ります。
技術開発の焦点を明確にするためにも、まずは自社工場のコア技術
を整理しませんか?
まとめ。
技術開発の狙いは?
お客様に届ける「コト」や「高めた利便性」との紐づけが技術開発
の必然性を生み出す。
技術開発では、まずは、過去の実績を振り返り、コア技術に付加す
べき要素技術を考える。