問題は未然に防ぐものであると考えていますか?
1.X線天文衛星「ひとみ」の運用断念
X線天文衛星「ひとみ」は、
先代のX線天文衛星よりも、
感度が100倍高く、
遠くのブラックホールや
超新星などが出す
X線を観測して、
宇宙の成り立ちに迫る成果が得られると
期待されていました。
2016年2月17日に、
種子島宇宙センターから打ち上げられ、
順調に動作確認を進めていましたが、
3月26日の午後5時に突然電波が届かなくなる事態に至りました。
空中分解したとみられ、復旧は絶望的、4月28日、運用を断念するに至っています。
ミスが重なったのが原因です。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)のほか、
欧米の宇宙機構など
世界の61機関が分担して開発し、
日本の費用は打ち上げを含め310億円でした。
どんなミスが重なったのでしょうか?
発端は、衛星が姿勢を確認するのに使うカメラの小さな不具合です。
その小さなトラブルが発生してから、わずか6時間半後に、空中分解しています。
空中分解に至った直接の原因は、衛星本体の異常な高速回転です。
その異常な高速回転が起きたのは、
プログラムの不備、入力ミスが
重なったからとされています。
1)姿勢確認用カメラからの情報が途切れる
2)姿勢の計算がうまくいかず自分が回転していると誤認する
3)回転を止めるためのシステムが働き、逆に回転を始める
4)緊急用のエンジンを噴射して回転をとめようとする
5)噴射パターンの命令に誤りがあり回転が高速化する
6)高速での回転が続き、太陽電池パネルなどがひきちぎられる
7)電源を失い、運用を断念する
こうしたことが発生したと推定されています。
(出典:日本経済新聞2016年6月3日)
2.重なったミス
文部科学省の事故検証チームは、
発生したトラブルではなく、
トラブルを想定しないで設計・運用していたことに焦点を当てています。
いったん宇宙に飛び出してしまえば、直接に点検したり修理や改造ができません。
衛星の運用では起こり得るトラブルを想定して事前に対策を立てる必要があるのです。
「ひとみ」ではトラブル想定の甘さが指摘されています。
a)姿勢確認用カメラからの情報が
途切れる現象は、
それまでにも
何度か確認していたにもかかわらず、
コンピューターのプログラムへ反映されていなかった。
b)エンジンの噴射パターンの命令では
担当者が数値の入力を手作業で
行っていたにもかかわらず、
異常な入力値を排除する機能がなかった。
c)エンジンの噴射パターンは
打ち上げ後の2月に地上から命令を送っていたが、
事前に動作をシミュレーションで確認することを怠った。
このように列記すると、一つ一つは小さなことです。
適正な対応をしようとすれば、
それほど大きなエネルギーをかけずに
実施できたことばかりであると推測されます。
a)項では、
大きなトラブルに至る予兆であった
小さな出来事をフィードバックできていなかったということです。
b)項では、
いわゆるフールプルーフの機能がなかったということです。
パソコン操作で作成したファイルを
保存操作せずに終了させようとすると、
”ファイルは変更されています。保存しますか。”
と警告が表示されますが、あの機能です。
c)項では、
怠ったということなので、
ルール遵守に問題がありました。
X線天文衛星は、
日本がこれまで5基を打ち上げ運用してきた「お家芸」です。
にもかかわらず、
今回は、トラブルを想定して、
事前に手を打つという仕事の進め方が徹底されていません。
宇宙科学プログラムディレクタの久保田孝氏は次のように語っています。
「一人では全体を網羅的にみられなかった。」
また、東京大学准教授の横山広美氏は次のように指摘しています。
「宇宙研の人材や開発企業の体力など、さまざまところで無理がきているのではないか。」
この「ひとみ」のプロジェクトは1人の責任者に任されていました。
また、これまで宇宙研が開発してきた科学衛星は比較的小型でした。
「ひとみ」のような大型衛星を開発した経験には乏しいという事情もあったようです。
(出典:日本経済新聞2016年6月3日)
3.経営資源に制約があるならば時間をかけるしかない
モノづくりの現場に限らず、
宇宙開発の現場でも、
いろいろな意味で経営資源の制約が存在していると考えられます。
加えて、昨今は、
宇宙開発ビジネスでの価格競争、納期短縮も厳しくなっています。
そうしたなかでの「ひとみ」のプロジェクトだったわけです。
責任者の方のプレッシャーは小さくなかったと推測されます。
おまけにグローバルにパートナーが多数存在していました。
あれやこれやと”調整”する手間が膨大だったと思われます。
プロジェクトを計画どおりに進めることで手一杯であったのかもしれません。
失敗の原因を振り返ると、
責任者もあの時こうしていれば・・・、
との想いにとらわれるのではないかと思われるほどの小さなミスの積み重なりです。
その時、そうしていれば、トラブルは未然に防げました。
ですから、
こうしていればよかった、
こうしていればトラブルは未然に防げた、
と想定される「こうしたこと」に焦点を当てます。
「こうしたこと」を実施していなければ、
プロジェクトを前へ進められない仕組みを構築するのです。
納期はかかるかもしれません。
しまし、経営資源に制約があるならば、時間を味方につけて質の高い仕事をやるまでです。
独自の高付加価値品であるならばお客様は待ってくれます。
日頃の生産活動では、トラブルが発生しても事後対応は可能です。
いったん宇宙に飛び出してしまうと直接に点検も修理もできない人工衛星とは違います。
ただし今後、少子化、人口減少化等の
外部環境の変化を踏まえると、
事後処理的な仕事の進め方を見直す必要に絶対に迫られます。
トラブルが起きてから手を打つ仕事のやり方では、人材の頭数が足りなくなります。
一部の管理者へ負荷が集中もするでしょう。
限られた人材を生かす視点に立つなら、
現場にも創造的な業務をしてもらいたくなります。
そうなるとトラブルは未然に防ぎたくなりませんか?
・発生したトラブルに後追いで対応し、現状復帰させる仕事
・トラブルを未然に防ぐ仕組みを構築し、事前に対応する仕事
どちらが創造的な業務でしょうか?
トラブルを未然に防ぐ仕組みとは、
やるべきことをやらねば仕事を前へ進められないルールを徹底させること。
「ひとみ」の事例から、こうしたことに気付きます。
問題は未然に防ぐものだ、
という考え方を身に着けた若手を育てる必要がありそうです。
やるべきことをやらねば仕事を前へ進められない仕組みをつくりませんか?